ハギレの絢#22～彼の名前～

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side 仁美

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ニコニコ笑っている彼を見て、私は戸惑った。

「なんで、いるの？まさか…スト」

ストーカー。そう言おうとした私を制止するように、彼が慌てて言葉をかぶせてきた。

「偶然。偶然だって。」

そんなこと言ったって、にわかには信じられない。

「その顔、まだ信じてないな？」

私は無言でこくりと頷くと、彼は心底心外だ、といった表情をした。

「そもそもストーカーだったら、ヒトミちゃんちからで無いでしよ？」

うーん。それもそうかも。

「じゃあなんでこんなところにいるの？」

誤解が解けたとわかったのか、彼がにっこりと笑った。

「急にさ、ここのメシが食べたくなっちゃってさ。ヒトミちゃんもハラ減ってるみたいだし、よかったらどう？」

彼が指差した店は、先程私が入りたかった店だった。ゆったりとした四人席はほとんどカップルで埋まっていて、さこを1人で占拠することをためらっていたあの店だった。

「……行く。」

「よし。じゃあ入ろう。」

彼は入口のドアに手をかけて、私をエスコートしてくれた。

中には一組だけ順番待ちをしている人がいて。入口横の椅子に座って順番を待つ。

「お客様、２名様でよろしいでしょうか？ただいまの時間は全席禁煙となっておりますが、よろしいでしょうか？それではお名前をいただけますか？」

店員が慣れた感じで確認してきた。

名前。

「ケント、で。」

「それではただいま席をご用意しておりますので、おかけになって少々お待ちくださいませ。」

店員がそういって奥へと引っ込んだ。

ケントって、上の名前？下の名前？

「名前…ケントって言うんだ。」

私が小声でそう聞くと、彼———ケントはにっこりと笑った。

「ん？ちがうよ？」

「え？だって、今…。」

私が目を丸くして聞くと、彼は意地悪そうに笑った。

「ケントはアダ名。ヒトミちゃんって名前にこだわるね？姓名判断とか、好きなの？」

私がすこしふくれると、ケントはさらに面白そうに笑う。

「別に。ただ名前知らないと、呼ぶ時に困るじゃない。」

「そうかな？"おい"とか"ねえ"で十分だと思うけど。……あっ！」

ケントは何かを思いついたようで声を短くあげると、ニヤニヤと私の顔をみて笑った。

そして私の耳に唇を近づけ、小声で囁く。

「そっか。ヒトミちゃんって、名前を呼びながらイきたいタイプ？！」

一瞬、間があいた。

その意味を少し遅れて理解した私は、顔から湯気が出そうなほど赤くなった。

「なんだ、図星かぁ。エロいなぁ、ヒトミちゃん。そんなことばっかり考えてるんだ。イ・ン・ラ・ン♡」

「淫乱じゃないわよっ。」

私はガタッと椅子から音を鳴らせながら立ち上がり、ケントを見下ろす。

すると、少し離れたところで同じように順番待ちをしていたカップルが、クスクスと笑っていた。

それに気がついた私は、ストンッと椅子に座り直す。

「ヒトミちゃんって、ほんと、見ていて飽きないね。」

私は真っ赤になりながら、ケントを睨んだ。



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