淫猥病棟#16～救命～
十分もかからず、病院の駐輪場についた。
病院は異様な空気に包まれていた。
救急の入り口ではなく、正面玄関の横にある駐車場に救急車があふれている。
いつもは外来でいっぱいの駐車場には、一般の車はほとんど停まっていない。
病院全体が、災害モードにシフトしていた。
「いくぞっ。葛西っ。」
「はいっ」
ふたりが病院のロビーに入ると、そこは負傷者であふれかえっていた。
その周りにはシーツで囲っただけの簡易的な診察室がいくつもできていた。
そこはまるで、映画で見た野戦病院のようだった。リアルな現代の東京なのか？と目を疑った。
初めて見る光景に、春奈は言葉を失い、一瞬くらっとする。
「葛西っ。腹に力をいれろっ。」
黒羽が春奈に声をかける。
「はっはいっ」
春奈はその声に引き戻された。
黒羽に気づき、救命救急センター長の田代が駆け寄ってくる。
「黒羽、来てくれて助かるっ。俺の指揮下にはいってくれ。第二外科部長には話を通してある。緊急オペが必要な患者はすでにオペ室に運んだから、おまえはここで負傷者の対応に当たってくれ。、、、と、キミは？」
春奈の存在に気がついた田代が声をかけてきた。
「はいっ。第一外科の看護師で葛西といいますっ。福田看護師長から電話をいただきましたっ。」
田代は春奈をみて微笑む。
「そうか。ありがとう。すごく助かる！じゃあ葛西さんは黒羽の下に入って、彼をサポートしてくれる？福田さんには俺から話しておくから。」
「はいっ。わかりましたっ」
「よし、葛西。いくぞっ」
黒羽と春奈は駆け出した。
「黒羽が女連れ。誰に言っても信じてもらえないだろうなぁ…」
「シロチョーっ」
遠くで看護師が田代を呼ぶ声がする。
「おうっ。今いくっ」
黒羽は息つく間もなく次から次へと運び込まれる負傷者の治療を行った。
黒羽の対応は的確で速かった。
そのとき、診察室を囲っているシーツが揺れ、祐介が入ってきた。
「おい、黒羽。お前んとこ手伝えってシロチョーに言われた・・・」
そこにいる春奈を見て一瞬驚いた表情をみせたが、負傷者を見るとすぐに医師の顔に戻った。
「おせぇよ。」
手を動かしながら、黒羽は祐介を睨む。
「睨むなよ。今緊急オペが終わったばかりで駆けつけたんだぞ。」
そういうと、黒羽の横に椅子を二つ置き、そのうちの一つに腰掛けると、春奈の方を向いた。
「葛西さん、次の人、呼んできて。」
「はいっ」
春奈は慌てて診察室を飛び出した。
「・・・なんでお前と一緒にいるんだよ。しかもどうみてもサイズのあっていない男物の服を着て」
祐介がボソッとつぶやく。
「お前は関係ないんじゃなかったのかよ。」
負傷者から目をそらさず、黒羽は話す。
春奈が負傷者を連れて戻ってきた。
「祐介先生。お願いします。」
入れ替わりに黒羽の担当していた負傷者への治療が終わる。
「じゃあ、次を・・・」
そういう春奈を黒羽は呼び止めた。
「葛西、これ着てろ」
割烹着のような白衣を手渡された。
小声で耳打ちされる。
「動きやすい格好を、と思って服を貸したんだが、その、配慮が足りず、申し訳ない・・・」
なんのことだろう、と思って視線をずらすと、祐介と目があった。
祐介はふいっと目をそらした。
－－－え？私が男物の服を着ているから？まさか。ううん、今はそんなこと考えている時じゃない。
手早く白衣を着て、次の患者を呼びに行った。
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