淫猥病棟#17～白王子・黒王子～

　
　
負傷者の対応が終わったのは、日も変わろうかとしている時間だった。ロビーに設営された臨時の診察室も解体され、通常の光景に戻っていた。

ロビーの椅子に座っていると、田代から全員に甘いコーヒーが配られた。

「でた、シロチョーの激甘お疲れちゃんコーヒー。」

祐介は笑いながらプルタブをあける。

「有名なんですか？」

首をひねる春奈に黒羽が答える。

「今日みたいな時は、終わるとシロチョーがこうやってコーヒーを配るんだよ。できる限り１本１本手渡しで。助かった。君のおかけだ。君がいてくれてよかったってね。労をねぎらうように声をかけながら、疲労回復用に甘いコーヒーをくれるんだ。自分が一番ヘトヘトなのにな。でも、だからみんなあの人についていくんだ。」

春奈も、そして祐介も驚いた顔で黒羽を見ていた。

「驚いた・・・。そんな柔らかい表情をして他人の話をするお前、初めて見た・・・」

祐介がそういうと、黒羽はうるせぇと小声でつぶやき、ソッポを向いてしまった。少しだけ見える横顔は真っ赤だった。

その仕草に、春奈も祐介も笑った。

春奈は笑いながら２人に声をかける。

「ところで、お二人とも仲がよろしいんですね。」

２人が同時に「どこが？」と言った。

春奈は驚いたがすぐに笑い出した。

「ほら、息がピッタリじゃないですか。」

祐介は頭をかいた。

「こいつとは腐れ縁なの。高校も大学も仕事場も一緒。しかも、さ。」

祐介の目が妖しく光る。

「コ・メディカルの女どもは、俺たちの事を黒王子白王子とセットで呼びやがる。」

祐介はニヤッと笑った。

「知ってたんですか。その呼び名。というか、黒王子？」

黒羽はグイッとコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。

「葛西、帰るぞ。」

「え？？」

「ほら、早く支度しろ。」

祐介の視線が絡みつく。それをあえて気がつかないふりをして、春奈は立ち上がった。

そんな春奈にイラっとした祐介は、思わず春奈の腕をつかんでいた。

春奈は驚き祐介を見る。

その光景を見た黒羽は、ツカツカと戻ってきて祐介の手を跳ね除ける。

そして無言で春奈の肩を押すと、ロビーを出て行った。

黒羽は駐輪場までいくと、メットを春奈に渡す。

「明日日勤だろ。俺の家で寝た方が長く寝れる。お前、恵比寿の看護師寮だろ？往復の時間がもったいない。」

「えっ。いや、寮に、か、帰りますっ」

「いいから。いう事を聞け。お前は病み上がりだし。」

－－－この人はもしかして、私の事を心配してくれているのだろうか？


「健太も愛も、会いたがってるし・・・お前の分の晩御飯もあるし・・・」

春奈はぷっと吹き出しそうになるのを堪えた。

－－－このひと、無愛想なフリして、実は世話好き？


「そうですね。健太くんと愛ちゃんにちゃんとサヨナラを言ってないので、行きます。お腹も空いちゃったし。」

黒羽は微笑むとバイクにまたがった。

春奈も続いてまたがった。

なんの躊躇もなく、来た時と同じように黒羽の腰に手を回した。

黒羽はそれを少し照れながら確認すると、ゆっくりと遠回りしして家に向かった。
　
　

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