淫猥病棟#19～大キライ～

　
　

子供達を送り出すと、ふたりは朝食の後片付けをしていた。救命に当たったものは、昼からの出勤で良いと後からメールが来たためだ。

「兄弟がいるっていいですね。私、一人っ子なんで、こういう賑やかなのに憧れてました。」

「そうか？うるさいだけだぞ？」

「そんな事いって。全然いやそうじゃないですよ。」

「お前さえよければ、ここにずっといればいい。」

「え？」

「愛も気に入ってるし、いつでも来ていいぞ。」

－－－びっくりした。そういう意味か。

「ありがとうございます。わたしも愛ちゃん大好きです。健太くんも大好きです。」

黒羽が水道の蛇口をキュッとひねる。

「俺は？」

「・・・え？」

「俺の事はどう思ってるんだ？」

春奈は後ずさるが、すぐ後ろに冷蔵庫があるためこれ以上下がれない。

「お前、祐介の事、好きなのか？」

ビクッとして顔をあげる。

そこには真剣な目をした黒羽が自分を見つめていた。

どんな些細なこともみのがさないよう、まっすぐ春奈の目を見ていた。

「祐介先生は・・・私の事なんて相手にしません。」

「祐介の事を聞いてるんじゃない。お前の気持ちを聞いているんだ。」

「わ、私は・・・。」

『べつに関係ない』

いつかの祐介の言葉が脳裏に浮かぶ。

春奈の目から涙がいきなり溢れ落ちた。

「私は、キライです。大キライです・・・」

黒羽は大きくため息をつく。

「それがキライっていっているヤツの顔かよ・・・」

春奈のアタマをポンポンと叩く。

そしてゆっくりと引き寄せ、抱きしめた。

「泣かせてごめん・・・。ほんと、ごめん・・・」

上を向いた黒羽は、ぐっと口を固くむすんだ。クチを固く閉じなければ、これ以上春奈に何かを求めてしまいそうだった。脆く壊れそうな春奈を、追い詰めて壊してしまいそうな自分に戸惑っていた。



時間に余裕ができたので、黒羽は春奈を看護師寮まで送っていった。

春奈はお茶を出すと言ったのだが、それを固辞して黒羽は帰っていった。

－－－まあ、一応女子寮だし、あたりまえか。

女子寮とは建前で、中には同棲しているものもいるのだが、一応男子禁制だ。春奈も先輩たちに見つかったらと思うとやはり気が気でなかったので、実はホッとしていた。

紙袋から、春奈が着ていた服を取り出す。雨に打たれ泥まみれになっていた服は、黒羽によって綺麗に洗濯されてアイロンまでかかっていた。

－－－あれ？このボタン、知らない。あ・・・


祐介によって引きちぎられたボタンの代わりに、かわいらしいボタンがついていた。少し幼いデザインの、しかし違和感のないそのくるみボタンをみて、春奈は目頭があつくなった。

「愛ちゃん用のボタンかな・・・。かわい・・・」

後は言葉にならず、ブラウスに顔を埋めて泣いていた。

－－－そうか。黒羽先生。私が乱暴されたと思ったんだ。だから、袋の中に、アフターピルが一緒に入っていたんだ・・・。


「ちゃんとお礼言わなくちゃ。元気なところ、見せなくちゃっ」

春奈はそう決心すると、出勤の準備をし始めた。
　
　

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