淫猥病棟#88~孤高のメス~
この話をするのは本当に辛そうだと感じた春奈は、話題を変えることにした。
ニコッと微笑んで、わざとワントーン明るい声を出す。
「そういえばシロチョーって、昔透さんのお隣さんだったそうですね?」
田代は春奈の気遣いに嬉しい気持ちになる。
---あぁ、この子は本当にいい子だ。自分でもどん底を見て、そこから這い上がってきたこの子は優しくて強い。
「おお。昔の透は素直でかわいかったぞ。今じゃあんなにでかくなっちまいやがって、全くかわいげがない。上から見下ろすなってんだ。」
田代もわざとワントーン明るい声で返す。
春奈が確かにと言って笑っている。
「祐介の小生意気な時期も知ってるぞ。あいつらどうやらひとりぼっち同士だと思い込んで、肩寄せ合っていたみたいだったからな。ガキが、世界に自分ひとりだと思い込みやがって。」
春奈はクスクス笑っている。
「あいつらは否定するだろうけど、そっくりなんだよ。祐介の双子の弟よりもよっぽど近いんじゃねぇかな。」
田代はチラッと春奈を見る。
「まさかオンナの好みも一緒だとは思わなかったがな。」
春奈はまっかになって、抗議する。
「もうっ。ワザと下品な言い方してっ。」
田代が豪快に笑う。
「で、春奈チャンはどっちが好きなのぉ?おじさん興味があるなぁ?!」
茶化すような口調に春奈はクチを尖らす。
「シロチョー。」
突然の春奈の真面目な声色に、田代は笑うのをやめた。そしてウィンカーをだすと、路肩に寄せ停車した。
「2人のことを知れば知るほど、わからなくなっていくんです。私、どうしたらいいんですか?もう、自分が一番わからない…」
助手席で肩を落とし小さくなっている春奈を見て、田代はふっと微笑む。
「急いで結論を出さなくても、いいんじゃねぇか?」
春奈は顔をあげ、田代を見る。
「あいつらが急かしている訳じゃないんだろう?」
春奈はコクリと頷く。
「じゃあ、春奈チャンがすべきことはただひとつ。あいつらに向き合って、あいつらのことをもっともっと知って、時間をかけてじっくりと決めることだ。焦る必要はない。」
「でも…」
「あいつらに悪い、と、思っているんだったら、それは春奈チャン。君の思い違いだ。」
春奈は驚いて田代を見ている。
「あいつらはじっくりと選んで欲しいと思ってるよ。」
「そう…なんでしょうか?」
春奈は再び自分の腿の上で組んでいる指先に視線を落とす。
そんな春奈を田代が微笑みながら見ている。
「俺としてはさ…」
不意に田代が話し始める。
「透が弁護士を目指すのはやめて医者になったのは春奈チャンを救いたいって想いからだってのを知ってるからさ。透とくっついてくれると、親代わりの俺としては嬉しいかな?」
何も返事をしない春奈に違和感を感じて田代は春奈を見た。
そこには目を見開いて驚き田代を見ている春奈がいた。
「どうした?春奈チャン?」
「透さんが…弁護士の夢を、諦めて…?」
---俺、まずいこといったか?
「ん?あ、いや。」
田代は誤魔化そうとするが、春奈はそれを許さない。
「私の、私のせいなんですか?透さん弁護士になりたかったのに、私のせいで?私なんかのために?」
春奈は黒羽の部屋にあった医学書を思い出す。
心療内科系の本に無数に貼られた付箋。
『お前のことを、13年前から愛してる。』
『お前を護りたいとあの日屋上で思った。だから俺は医者を目指した。お前に寄り添って癒してやりたいと思った。』
いつかの黒羽の言葉が脳裏に蘇る。
---あの時の言葉はそういう意味だったんだ。私と出会って、わたしの姿を見て、医師を目指したんだ。お父さんの跡をついで弁護士になるという夢を捨てて…
「私、透さんの人生を狂わせてばっかり…」
「春奈チャンっ」
自分の殻に入りかけた春奈を田代が呼び戻す。
「すまんっ。俺の言い方が悪かった。頼むからそんな顔しないでくれ。」
「そんな顔って?普段通りですよ?」
「春奈チャン…」
春奈の顔は血の気が失せ、そして表情も無かった。言うなれば、能面のような顔だった。
「あいつはただ漠然と弁護士を目指していたんだ。それがちゃんと自分の将来について考えるようになったんだ。春奈チャンのおかげなんだよっ。」
春奈は焦点の定まらない目で田代を見ている。
「聞けっ。頼むから聞いてくれっ。あいつの医師としての腕は春奈チャンも知ってるよな?これからどんどん症例を重ねて成長すれば、日本屈指のメッサーになる。いや、むしろ外国から声がかかるだろう。そんな透を医療の世界に入るきっかけを作ったのは春奈チャンなんだよっ。ただ漠然と弁護士になって、父親の影を追うより、よっぽど人間らしい。透にとって、いいことだったんだよっ。」
田代は春奈の両肩を掴み、春奈を前後に揺すりながら話を続ける。
「だから、春奈チャンは胸を張ってくれ。黒羽透という名医を生んだのは自分だ、と。あいつの人生を狂わしたとか言うな。間違っても言うな。」
春奈の心の中に、水が一滴落ちる。
それは波紋のように、幾重にも広がって行く。
「自慢…していいんですか?」
「ああ。」
「孤高のメスを生み出したのは私だって、自慢してもいいんですか?!」
「ああ!自慢しろ!」
「っっっ!」
春奈はもう言葉にならず、そのまま田代に抱きついた。
「よしよし。」
田代は春奈の頭を撫で続けた。
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