淫靡な研究室2#04~眠り姫~
はぁっはぁっ
弥生は息を切らしながら病院へかけこんだ。
救急外来で目的の病室の場所を聞き、はやる気持ちを抑えて、病室へと向かう。しかしその歩調は徐々に速さを増し、小走りに近いスピードで廊下を闊歩する。
目的の部屋の前へとたどり着くと、ドアをノックした後、病室のドアを開けた。
入れ替わりに数人の目つきの悪い男たちが病室を出て行く。
そのうちの1人が声をかける。
「面会謝絶のはずですが、あなたは?」
口調は丁寧だが、何処か尋問するかのような、圧力のある声で問いかける。
「立花…弥生といいます。りょ…佐伯先生のゼミでお世話になっていました。」
男性は首をかしげる。
「ただのゼミ生がなぜここに?被害者とはどのようなご関係ですか?」
「ひ…がいしゃ?」
弥生は青ざめながら、ベッドで寝ている涼介の顔を見る。頭に包帯を巻き、布団から出た手には点滴の管が繋がっている。また、その腕も包帯で巻かれている。
「りょ…涼介さんっ。」
弥生は男性の制止も聞かず、ベッドのそばに走り寄る。
幾分か血の気のない顔で寝ている涼介を見て、弥生は涙が溢れてきた。
「立花様」
弥生は、声の主の方を見た。
「え…と、高瀬さん?」
以前涼介から自分と父親の秘書を兼任しているという高瀬を紹介されたことがあった。
高瀬はにっこりと微笑む。
「涼介様は命に別条はございません。ただ、全身を、特に頭を強く打っているご様子です。」
弥生は黙って高瀬の話を聞いていた。
高瀬は男性たちの方に向くと、弥生を紹介する。
「このお方は立花弥生様とおっしゃいまして、涼介様と将来を約束された間柄でございます。身元は私が、いえ、佐伯会が保証いたします。」
佐伯会の名前を出されては、男たちは二の句がつげられなかった。
そのうちの1人が苦虫を潰したような顔をして口をひらく。
「とにかく目撃者もいませんし、事故かそれとも事件かはっきりしませんので、本人の意識が戻り次第、改めてお話を伺いに参りますっ。」
語尾を荒げる男性に対し、高瀬は余裕の笑みを浮かべ、頭を下げた。慇懃無礼とも思えるその態度に、男たちは舌打ちをせんばかりに顔をしかめ、病室を出て行った。
「高瀬さん、今の人たちって…。」
高瀬は微笑んだまま弥生に答える。
「はい。警察の方です。涼介様の怪我の原因がわからないため、事件と事故の両面から調べられるそうです。」
弥生はベッドに横たわったままの涼介に視線を落とす。
「涼介さん。いったいどうしちゃったんですか?」
そんな弥生を高瀬は目を細めながら見ている。
「立花様」
「はい?」
弥生を高瀬を見た。
「申し訳ありませんが、涼介様についていていただけませんか?私は所用がございまして。」
弥生はもちろん受け入れた。
高瀬さん、気を遣ってくれたんだろうな…。ありがとうございます。
弥生は心の中で高瀬に頭を下げる。
高瀬にそんなことを言っても、やんわりと否定しそうだったからだ。
弥生はベッドの横にる椅子に腰掛け、涼介の顔を覗き込む。
包帯に巻かれてはいるが、そこにはいつもと変わらない端正な顔立ちがあった。
「あ、立花様。」
弥生は驚いて顔を上げると、高瀬がちょうど部屋から出ようとしているところだった。
体を半分ほど廊下に出しながら、弥生に話しかける。
「眠り姫は王子様のキスで目覚めるかもしれません。どうぞお試しください。」
そう言って高瀬は部屋を出て行った。
弥生は笑っていいのかわからず、複雑な表情でチラッと涼介の唇を見る
。
涼介さん、起きてください…。
弥生はゆっくりと頭をさげていった。
そして、唇を重ねた。
唇を離すと、涼介のまぶたがピクピクと動き、ゆっくりと開かれた。
涼介の視界に、涙を溜めた弥生が映り込む。
涼介は辺りを見回しながら、上体を起こして行く。
「りょ…すけさん…。」
そう言って弥生は涼介に抱きつこうとするが、ガタンっと涼介が手を前にだして後ずさる。
弥生は驚いた顔で涼介の顔をみる。
「涼介さん?」
涼介は青ざめた顔で弥生を見ている。
「君は…誰だ?」
「え?」
「ここは、どこだ?」
弥生は何も言えず涼介を見ている。
「私は…誰だ?」
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