淫靡な研究室２#14～逃げない心～

　
　
祐一郎はさらに目を見開いた後、ゆっくりとその表情は笑みへと変わる。

「きみは、強いな。うちの亡くなった家内を思い出す。」


そう言ってコーヒーを口に運んだ。

弥生は静かに祐一郎の次の言葉を待った。

「彼女が双子を授かったと聞いた時、私は目の前が真っ暗になったよ。帝王の血は双子に宿るといわれている。まさか自分の子が、と頭をかかえたよ。」

祐一郎は目を細め、何かを遠くにみるように話をつづけた。

「線の細いオンナだった。しかし、芯の強いオンナだった。政略結婚だったが、私たちは愛し合っていた。そんな彼女が先天性の心疾患を持っていると分かったのは、2人を身籠ってからだった。」

祐一郎はふぅっと息を吐く。

「出産に心臓が耐えらえるわけがない。医者である私は、当然子供はあきらめるように言った。すると彼女は怒ったよ。」

『それは逃げているだけだ。佐伯家の因習にとらわれているだけだ』

当時の妻の言葉を、祐一郎は目をとじて思い出していた。

「"私のことを心配しているんじゃない。双子が生まれることが怖いんだ"と。私の弱い心を見透かされたよ。」

祐一郎は目を開け、うっすらと笑みを浮かべる。

『この子達は大丈夫。運命になんて負けない。宿命なんて関係ない。絶対、ぜったい幸せになる！』

妻の言葉が脳裏に繰り替えされる。



祐一郎は再び息を吐き、弥生に向き直った。

「弥生さん。涼介のこと、よろしくお願いします。涼介のこと、幸せにしてやってください。」

そういって深々と頭を下げた。

弥生も慌てて頭をさげる。

「こちらこそっ。こちらこそよろしくお願いします。」

そういって頭をさげた状態で祐一郎と目が合い、お互いに笑い出す。

しばらく笑った後、弥生は真顔に戻り、祐一郎にまっすぐ向き合い話を切り出した。

「お願いがあります。長野の別荘を１週間程お借りできませんか？」

「長野の？あ、ああ。構わないが、なぜ？」

「あそこは、涼介さんと私の思い出の場所なんです。あそこに行けば、なにか思い出してくれるかもしれません。あ、もちろんもう無理はさせません。」

「わかった。手配させよう。地元の病院にも連絡をしておくので、何かあったらそちらへ。」

祐一郎はそこまで言って、弥生の顔を見つめた。

「？あの、、なにか？」

「あ、いえ。うちは息子しかいなかったので、弥生さんのような娘ができてうれしいなと、つい。家内が生きていればどんなに喜んだことか、と思ってね。」

弥生は途端に真っ赤になると、手を前に出してわたわたと振る。

「あっ。あのっ。まだ、そうと決まったわけではっ。涼介さんの気持ちもわかりませんしっっ。」

祐一郎は楽し気に笑い出す。

「涼介があなたを袖にしたら、涼介を勘当してあなたを養女に迎えますよ。はははっ。」

つられて弥生も笑った。

笑いながら弥生は心に誓う。

長野の別荘で、初めて結ばれたあの場所で、涼介の記憶を取り戻す、と。

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